「ほんとっ、さっきはゴメンなさいっ!」
私を迎えに来た観鈴と共に橋上市場を後にする。橋上市場を後にしてから観鈴はひたすら先程の非礼を詫び続けている。
「もう分かったから、謝る必要はない」
「本当にゴメンなさい! せっかく往人さんがガンバってお仕事していたのに、邪魔してしまって……」
謝る必要はないと再三呼び掛けたのだが、それでも観鈴は謝り続ける。
「しかし、本当に泣き出した原因が分からぬのか?」
このままだと観鈴は永遠に謝り続ける気がしたので、私は話題を変えてみることにした。
「はい。わたしこれでも記憶力には自信があって、すごく小さい頃の思い出でも鮮明に覚えてるんです。それで昔のこと思い出してみたんですけど、思い当たる節がないんですよ」
「昔似たようなものを見て、それを思い出したというわけではないのか?」
「はい……。でも不思議なんですよね。思い当たる節がないのに何だか懐かしいだなんて」
「大方人形劇ではなくて、私と再会出来たことを喜んだのではないか?」
私は半ば冗談めいてそのようなことを訊ねた。
「にはは。そうかも。わたし、あの時からずっとまた往人さんと逢いたいって思ってたから。それこそ、一日千秋の想いで」
「それはまた大げさなものだ」
初めて観鈴と出会った日から今日まで、1週間も経過していない。たったそれだけの時しか経っていないというのに、千秋の想いとは白髪三千丈もいい所だ。
「あっ、でも今は夏だから、この場合千夏かな?」
「秋だろうが、夏だろうが意味はあまり変わらんだろうが」
「にはは。確かに」
気が付けば、観鈴はあの特徴的な笑顔で笑い出すようになった。泣いたり謝ったりする観鈴より、この特徴的な屈託のない笑顔で笑っている観鈴が本当の観鈴な気がしてならない。
(しかし、千夏か……)
我が祖柳也が眠りに就いたのが、今からちょうど千年前の夏。柳也殿は百年を一年と感じる状態で眠りに就いていると言っていた。しかし、そんな柳也殿でも一日を千年の夏と思う位、神奈様との再会を待ち続けていたのだろうか……? |
第拾八話「夢の出發点」
「しかし、折角自転車で来たのなら乗っても良いのだぞ?」
観鈴は私を迎えに来た時自転車に乗って来たようだが、私と合流してからは徒歩の私に合わせる為、自転車を引っ張りながら歩いていたのだ。
「でもそれだと往人さんが大変じゃないかな?」
「案ずるな。走行している自転車に息一つ乱さず走りながら付いて行くことなど、どうということはない!」
まだ試したことはないが、全身の筋力を須佐之男力で高め、且つ断続的に天照力で体力を回復し続ければ、恐らく息一つ乱さず汗をかくこともなく走り続けることが可能であろう。
「そうですね。往人さん、常人の3倍の速さで走れそうですから」
「どうしてこう、私の周りにはオタクが多いのだ!」
3倍という言葉が出たことで、観鈴もまたガンダムオタクであるとの推測が成り立つ。しかし、それ程までに私の声はシャア=アズナブルに似ているのだろうか?
「へぇ〜〜。往人さん、友達がいるんですね……。往人さん、旅の人だって聞いたから、友達がいるっていうのはちょっと意外かな?」
「旅の人だからといって友達がいないという訳ではなかろう。松尾芭蕉は旅の人だったかもしれんが、友達の一人や二人はいたであろう」
「でも『奥の細道』のとき同行した曾良は、ホモ達っていう説もありますよ?」
「女の子がそんな言葉使わない!」
「がおっ……。ごめんなさい……」
「がお?」
私の叱責に脊髄反射的に謝罪する観鈴。ホモ達などという破廉恥極まる言葉など観鈴には相応しくないと思い、思わず注意した次第だが、それにしても「がお」という言葉が気にかかる。
「あっ、気にしないでください。他愛ない口癖ですから」
「口癖か」
そういえばあゆ嬢も何かあった時、「うぐぅ」と言っていた。観鈴の「がお」は、あゆ嬢の「うぐぅ」と同質のものなのだろう。
「あっ、別に夜のハイウェイにガオッ! や、ガ・ガ・ガ! ガ・ガ・ガ! ガオガイガー!! のガオっていう意味じゃないですからね」
「?」
名前の雰囲気からして恐らく何かしらのアニメを指しているのだろうが、私にはさっぱり分からない。本当にどうしてこう、私と親しい者にはオタクが多いのだろう?
「あっ、そうだ! 今ベアがパリィを閃いた感じで思いついたんですけど……」
だから、そういう意味不明な単語で例えるのはいい加減止めて欲しいものだ。
「せっかくだから、二人乗りしてみません?」
「二人乗り?」
「はい。二人で自転車に乗って、風を切りながら走り抜ける。わたし、二人乗りするの夢だったんですよ」
「二人の乗りか……」
自転車を二人乗りするのは犯罪行為だった気もするが、確かにそれが一番効率的な気がする。
「それで観鈴が漕ぐのか?」
「がおっ、女の子のわたしじゃ、二人乗りは無理……」
「先程と言っていることが矛盾している気がするが?」
「漕ぐのはわたしじゃなくて、往人さんのお役目。ダメかな?」
「駄目ということはないが……」
今まで旅をして来た中、バスや電車などの多くの公共機関の乗物には乗って来た。しかし、自転車というのは生まれてこの方一度も乗ったことがない。果たして自分に自転車を運転することなど可能なのだろうか?
「分かった。やってみよう」
「ホント!? ありがとう、往人さん!」
二人乗りするのが夢だとは、随分と小さな夢だ。しかしそんな小さな夢でも叶えたくなってくる。屈託のない観鈴の顔を見れるならば、二人乗り位朝飯前にこなしてみせる。
「然るに、久しく自転車には乗っていなくてな。すまんが、感覚を思い出す為少し走らせてくれ」
今まで自転車に乗っていないと正直に告白するのは、何となくだが己のプライドが傷付く気がしたので、私はその場しのぎの嘘をついた。
「分かりました」
観鈴は快く私に自転車を貸してくれた。
「では行くぞ!」
「あっ、往人さん。椅子の調整しなくていいんですか?」
「椅子の調整……?」
「往人さん、わたしより背が高いから、今の高さだと低いと思うん……ですけど?」
むっ、いかん! 観鈴が私を疑いの眼差しで見つめているっ! 椅子の調整と聞いて何を聞いているのかさっぱり分からなかったが、今の観鈴の言葉で椅子の高さを調整すれば良いということが何となくだが分かった。
「ああ。今から調整しようと思っていた所だ」
そう言い、私は急いで椅子の調整をしようとする。
「むう……?」
しかし、高さを調整すれば良いというのは分かったが、肝心の調整方法が分からない。
「往人……さん?」
「むっ、いや、その……」
むうっ、観鈴の疑いの眼差しが強まった気がする。私は急いで弁明しようとしたが、いい言葉が思い当たらなかった。
「私の使っていた自転車とかなり形が違っていてな。それで手間取っていたのだよ」
と、私は言い訳にも値せぬ言い訳を放った。自転車などというのは形状の違いはあれど、ペダルを踏むのは共通の様に、椅子の調整方法もほぼ同じであろう。
どう考えても自転車の形が違うなど言い訳にもならない。今の私の発言で、流石の観鈴も私が自転車をまったく運転出来ないことに気付いたであろう。ここは恥をかかぬ内に素直に乗れぬと謝るのが得策か?
「ええっと、この自転車の椅子のあげ方は……」
しかし観鈴は、私をフォローするかの様に、自転車の椅子の上げ方を実演して見せた。観鈴の実演を見る限り、椅子の調整方法は、椅子の下方に付属しているレバーを調整するようだ。
「こんな感じです。あとは往人さんが自分の高さに合わせて調整してくださいね」
「ああ、済まんな。恩に着る」
「にはは。どういたしまして」
椅子の真上に立ち、観鈴の実演を見様見真似で椅子の調整をする。多少手間取りはしたが、何とか自分の座高に合わせた高さに調整することが出来た。
「では改めて……」
「ねえ、往人さん。せっかくだから、『百式出るぞ!』とか、『クワトロ=バジーナ、出る!』とか言ってくれないかな?」
「それは必ず言わないといかんのか?」
「うん! だって往人さんのイメージだと『アムロ、行きま〜す!』じゃないもの」
「……」
何となく勘付いていたが、やはりガンダムの台詞か。別に必ず言わなければならないということはないだろうが、私が乗れないのを追求することなく、親切に自転車の椅子の調整方法を教えてくれた礼として、ここは願いを聞き入れてやるとしよう。
「百式出るぞ!」
と、私は観鈴の希望を叶える形で、自転車の試運転を開始した。
ガッシャッーン!
「ぬおっ!」
発進して間もなく、私はバランスを崩して道路に転がり落ちてしまった。
「わっ、往人さん、大丈夫!?」
自転車から転げ落ちた瞬間、観鈴が血相を変えて私の元に駆け付けた。
「ああ、大丈夫だ」
「本当に? 膝とか擦りむいてない?」
「ああ」
例え擦りむいていても、力で瞬時に治癒出来るので、大した問題ではない。しかし、自転車という乗物、特に免許を必要とせず小学生でも容易に運転出来る簡易な乗物だと侮っていたが、意外に乗りこなすのが難しい。
「往人さん。別に無理する必要ないですよ。今まで通りわたしが自転車引っ張っていけばいいだけだし……」
「案ずるな。十年位運転していなかった故、感覚を完全に忘れていただけだ。次第に思い出す!」
ここで今更乗れぬと謝罪する訳にはいかない。自分のプライドは元より、このささやかなる観鈴の願いを叶えてあげなくてはならない。例え何度転ぼうが、乗りこなしてみせる!
ガッシャッーン!
ドグシャァッ!
ボグオーン!
その後幾度なく挑戦し、転んだ。数十回挑戦してようやく少しは前へ進めるようになったが、それでもバランスを崩して転げ落ちてしまう。
「往人さん、もういいよ……」
「いいや! まだだ、まだ終わらんよ!!」
「こんなところでクワトロ大尉のマネなんかしなくていいから! ……そんなボロボロになってまでわたしの願いを叶えてくれなくていいよっ……!」
「大丈夫、大丈夫だ……。もう少しで必ず観鈴の願いを叶えてみせる!」
身体の傷などどうということはない。そんなのはすぐさま治癒出来る。問題は心の傷だ。それも自分のではなく、観鈴の心。これ以上観鈴の心を傷付かせるわけにはいかない。
(止むを得ん! 多少外道かもしれんが、あの手でいってみるしかない!)
このまま正攻法では夜が明けても自転車を乗りこなせるようにはならないだろう。ならば、乗りこなすことに拘るのではなく、観鈴の願いをどんなことをしてでも叶えることを考えればいい。
ギ……ギギギ……
「往人さん……」
ゆっくりとだが、確実に自転車は進む。別に自転車を乗りこなせるようになった訳ではない。ペダルを漕ぐことは出来るが、バランスを取ることは未だに叶わない。
故に私は、倒れかかった瞬間、自転車を天照力で動かしバランスを取ることにした。この方法だと肉体的負荷より精神的負荷の方が大きくなるが、観鈴の願いを叶える為だ、そんな負担など根気で堪えてみせる。
「済まんな。多少時間はかかったが乗り方を思い出した。もう案ずることはない。早く私の後ろに乗るんだ」
「うん……どうもありがと……ひっく……往人さんっ……」
「どうしてそこで泣く!?」
「だて、だって……すごく往人さんに迷惑かけたから……。でもこれで念願の二人乗りができると思うと、すごく嬉しくって……。だから、だからっ……」
「迷惑などではない。観鈴の願いを叶えることのどこが迷惑だというのだ?」
私は観鈴の願いを叶えたいから頑張ったまでだ。迷惑などという思いは微塵もない。
「ありがと……ほんとに……ぐすっ……ありがとっ……往人さんっ……」
「分かったから、もう泣くな」
私は観鈴を慰める様に、頭を軽く撫で上げた。
「がおっ、わたし、そんなに子供じゃない……」
「ははっ。私から見れば十分子供だ」
「がおっ……」
二人乗りが夢だという他愛ない夢を持つ少女。素直な喜怒哀楽が微笑ましい観鈴。そんな観鈴は私から見れば幼い子供にしか見えない。しかし私は、そんな観鈴は悪くないと思った。素直に可愛いと思えた。
「では行くぞ! ここからがお前の夢の始まりだ!!」
「うん! よーい、ドン!!」
|
国道45号線を北に走る。観鈴の家は橋上市場から自転車で30分程度の場所らしい。季節は夏ということもあり、自転車で走っている内に自然と身体から汗が流れ出す。天照力で断続的に体力を回復すれば汗をかかないと思ったが、バランスを保つのに精一杯で、とてもではないが体力を回復するのに力を使う余裕はない。
ただ、海の方から吹き付ける風が、僅かながら熱気と湿気で汗ばんだ体を癒してくれる。そしてこの風を切って走る様が何とも言えない。もう少し涼しければ良いのだが、それでも暑い夏の道を歩き続けるよりは遥かに爽快だ。
「ユメは〜〜♪ いつか〜〜ホントになるぅって〜〜♪ だれかが歌あっていたけど〜〜♪ つぼみがいつか花ひらくように〜〜♪ ユメはかなぁうもの〜〜♪」
「何の歌だそれは?」
観鈴が私の後ろで歌を口ずさむ。あまりに楽しそうに歌うので、私は何の歌か訊いてみた。
「ある少年の旅と友情を描いた、わたしが大好きなアニメの主題歌です。そういえば往人さんって、旅の人なんですよね。やっぱりポケモンマスターになるとか、魔王を倒すとか、そんな感じの目的を持って旅を続けているんですか?」
「旅の目的か……」
私の旅の目的。それは神奈という少女の魂と同化した人間を捜し出し、救済すること。しかしこんな絵空事の様な旅の目的を話して、観鈴は理解してくれるだろうか?
「……。少し長くなるが、構わぬか?」
しかし、旅の目的を遂げる為には、多くの人と交わらなければならないだろう。旅の目的を話さなければ、目的の人間に辿り着くのはより困難を極めるだろう。
きっとこの観鈴という少女は私の旅の目的を理解してくれる。そう思い、私は思い切って観鈴に旅の目的を話してみることにした。
「はい。別に構わないですよ。わたし、往人さんのこと、もっと知りたいし」
「そうか」
観鈴も構わないということなので、私は快く旅の目的を語り始めた。
「ふ〜〜ん……」
聞き終えると、観鈴は暫く沈黙を続けた。
「俄かには信じ難い話であろう? 絵空事だと思えば絵空事だと思えばいい。そんな下らない目的を持った男だと理解すればいいさ」
「にはは。確かにちょっとは信じ難い話かも。でも何だかロマンチックですね」
「ロマンチック?」
「はい。どこにいるか分からないたった一人の少女を捜す旅だなんて」
「魂が同化した人間が少女とは限らないのだぞ?」
「でも神奈様って人は柳也殿に逢いたいって想いを抱いて、地上に魂を降ろしているんでしょ? だったら、やっぱり自分に近い女の子に同化しようとするんじゃないかな?」
「むう、成程」
確かに神奈様にしてみれば、少女として柳也殿に逢いたいと思うであろう。その想いが無意識下で働き、地上にいる少女と同化したと考えることは出来る。
「……。わたし、夢を見ました」
「夢?」
「はい。空の夢です。翼を広げて空を飛ぶ夢……。だから、もしかしたらわたしがその少女かもしれませんね」
「えっ!?」
「あっ! 今のウソウソ! 冗談だよ! ゴメン、ちょっと言ってみたかっただけ。その少女がもし自分だったらいいなぁって、思っただけだから。にはは」
と観鈴は先程の発言は冗談だと苦笑しながら語った。
「いや……もしかしたなら本当にそうかもしれないな……」
「えっ!?」
観鈴が私と再会した時見せた涙。あれがもしかしたなら直也氏の言う”特別な感情”かもしれない。
「ふっ、今のは戯言だ。気にするな」
だが、可能性はあるものの、現状では情報量が圧倒的に少な過ぎる。観鈴がもしかしたなら自分の捜している少女かもしれないというのは、仮定の域を出ない。
今はまだ断定するのは早いと思い、私は先程の発言は戯言だと軽く受け流した。
「にはは。残念」
「然るに、観鈴が私の旅の目的を理解してくれたのは素直に嬉しい」
「えっ!?」
「誰にも旅の目的を理解されずに旅を続けるのは寂しいことこの上ないからな。だから、旅先で理解者に出会えたのは本当に嬉しい」
「そうですよね。やっぱり誰にも理解されないのは寂しいですよね。わたしは往人さんの旅の目的が理解できる、共感が持てる。だからわたしと往人さんは友達。にはは」
「友達か……」
互いに互いを理解する感情を持ち、そして分かり合える仲。それが友達というものだろう。その意味からすれば確かに観鈴とは既に友達かもしれない。祐一の様に同じ夢を追い続ける友として。
|
「ねえ、往人さん。自分の周りはオタクが多いって感じに話してましたよね? やっぱりそれって、旅先でわたしみたく会って友達になった人ですか?」
「いや、そうではない。ついこの間までは旅の目的すら明確ではなかったからな。友達を作る余裕などなかったよ」
いや、それ以前に自分と共感出来る人間など、この世にいないと思っていた。誰も自分の旅の目的を理解してくれないだろう。いつまでも終着点に辿り着かない、誰の力も借りない孤独な旅。自分が死ぬまでそんな旅が続くと思っていた。
だが、あの遠野へと向かう車中で相沢祐一という男と出会ってから、すべてが変わった。
「だからこそ、祐一が一番の友達かもしれんな」
「えっ!?」
「むっ、今のは独り言だ……」
気が付けば、いつのまにか心の声を口に出してしまった。私はその恥ずかしさに、思わず口をつぐんでしまう。
「祐一さんが一番の友達か……。にはは。残念。わたしは往人さんの一番の友達にはなれないかぁ……」
思わず口に出してしまった心の声だったが、観鈴はその声に悲しそうな返事をした。前を見ながら自転車を走らせるのが精一杯で、とても観鈴の顔を見る余裕はない。
今観鈴はどんな顔をしているのだろうか? 悲しい顔をしているのだろうか? それとも悲しみを隠した笑顔で笑っているのだろうか?
「う〜ん、でも仕方ないか。祐一さん、どこか人を惹きつけるような魅力を持った人だからなぁ」
「祐一に会ったことがあるのか?」
「うん。去年の夏に一度だけ来てくれたことがあったんです。自分より2歳くらいしか年上じゃないのに、何だかすごく大人ぽくって、それでいてどこか優しい雰囲気を持っている人だった。
でも、祐一さんは友達とはちょっと違うかな? どっちかって言うとお兄さん」
「やれやれ。祐一は彼氏というよりは兄なのだな」
義理の妹である真琴嬢を始め、美凪嬢に、栞嬢。そして観鈴もまた祐一を兄として見ているようだ。自分にとっては年下の友人でしかないのだが、自分より兄として見られているというのは、随分と奇妙なものだ。
「それに祐一さんにはあゆさんって人がいるし……」
「あゆ嬢にも会ったことがあるのか?」
「ううん。あゆさんには会ったことない。名前を聞いただけ。祐一さんにはあゆさんがいるから、わたしが祐一さんの一番の友達にはなれないんだよね……」
どうも観鈴のいう友達は、通常の意味での友達とはニュアンスが違う気がする。美凪嬢と栞嬢の”とも”もニュアンスが違っていたが、観鈴の友達はそれとも違う。
何だろう、観鈴の友達は普通の友達より、より深い繋がりを持った関係を指しているような気がしてならない。
「うん。でも頑張るよ。わたし、いつか往人さんの一番の友達になってみせるよ! 観鈴ちんファイト!!」
「やれやれ。友達は頑張ってなるものでもないだろうに……」
そう苦笑するものの、私自身今以上に観鈴と仲良くなりたいと思う。それもただの友達ではなく、観鈴の言う友達として。
「よし、行くぞ!」
「えっ!?」
私は思い切りペダルを踏み始めた。今以上により早く風を切れる様なスピードで走り始めた。
「ちょっと、往人さん?」
「どうだ? 通常の3倍だ! これで満足か?」
「にはは。これくらいだと通常の2倍止まりだよ」
「何だと!? ならばっ!」
私はより強く、より早くペダルを踏んだ。
「にはは。すごいよ往人さん。本当に通常の3倍出てるかも」
「ははっ。楽しいか観鈴?」
「うん! とっても楽しいよ。さっ、往人さん行こっ! どこまでも続くこの道を、ゴールを目指して!」
少しずつでいい。少しずつでいいから観鈴と友達になっていこう。そしてどこまでも行こう。観鈴と二人で、この果て無き夢の道を――。
|
…第拾八話完
※後書き
今回は劇場版で観鈴ちんが自転車に乗っていたことから、自転車で往人を迎えに来たという設定にし、劇場版のように二人乗りしようという感じで話を書き始めました。
それで、劇場版では平然と自転車に乗っていた往人ですが、旅を続けている人間だから自転車乗ったことないんじゃないかと思い、今回の話のネタを思い付きました。
そんな感じに話を書き進めたら、気が付いたなら移動するだけでまるまる一話使っちゃいましたよ(笑)。当初の計画では移動の話は半分くらいで終わって、後は家の中での話になる予定だったのですが、移動の話が思ったより長くなったので、こうなったらまるまる一話移動だけの話にしてしまえと(笑)。
しかし、登場人物が二人しかいなく、それでいて時間にして一時間位の話を書くのに一話費やしたのは初めてですね。「Kanon傳」で祐一と名雪の下校の話で一話近く費やしたことはありましたが、あの話も後半は真琴とかが出て来ましたからね。
ちなみに今回はもう「観鈴ちん萌え〜〜」な気持ちで執筆し続けました(爆)。いやはや、SS書いて4年以上になりますけど、ここまで萌え全開で書いたのは初めてかもしれませんね。4年たって初めて萌えキャラを書く快感を覚えたかもしれませんね。 |
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